大学スポーツへの関心 -映画「ザ・ビッグハウス」を観て-

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台本やナレーション、BGM等を排した「観察映画」の手法で注目される映画監督・想田和弘氏が新作映画でテーマとしたのが、米国のミシガン大学が所有する巨大アメリカンフットボールスタジアム。通称「ザ・ビッグハウス」。集客人数は10万人以上で、スタジアムがある市の総人口に迫る。試合開催時はほぼ毎試合満員になるという。

映画は選手ではなく、スタジアムに集まる人々にフォーカスが当てられる。彼らに共通していたのはチームへの「帰属意識」の高さ。観客は大学のエンブレムである「M」の文字がプリントされた服を着用し、チーム関係者は自身の仕事に誇りを持ち、OBは寄付を続ける。ミシガン大学は名門だが客層は実に多様で、誰しもにとってもスタジアムがコミュニティーの中心であることが窺い知れた。

ビッグハウスのような光景を日本で見ることはできない。日本にとって大学スポーツは社会と切り離された閉鎖的な世界であり、そのクローズドな環境は社会では通用しない勝利至上主義をベースとした「日大アメフト悪質タックル事件」を生み出した。日本ではスポーツが「体育」という名で教育的な側面が強調されてきた歴史を持っているにも関わらず、スポーツマンシップの欠片もない事件で(普段は大学スポーツに無関心である)世間の注目を集めたのは残念なことであった。

日大アメフト部の悪質タックル問題から考えるサッカー日本代表応援論

2018年6月18日

日本の大学スポーツの未来

想田和弘氏はスタジアムについて「THE STADIUM HUB」のインタビューの中で以下のように語っている。

「ちなみにミシガンでは「shrine(神社)」と呼ぶことがありますよ。みんな、shrineなんだ、religion(宗教)なんだ、と言うんです。Shrineは通常、神社と訳されますが、僕は「聖地」とか「神殿」と訳しています。昔は宗教とその祝祭によって、コミュニティーが維持されてきました。しかしこれらの伝統が弱体化した現代社会では、スポーツ観戦が共同体をまとめる宗教で、スタジアムが神殿になる形で、その代わりを果たしている気がしてならないんですよね。(中略)米国には伝統社会がない。いや、ないと言うと語弊がありますね。白人が入植してきて、ネイティブアメリカンの伝統社会を破壊してできた国です。だから、現代の米国人には、新たな祝祭と神殿が必要だったわけです。それがスポーツビジネスになっているんじゃないかと」

アメリカという国の歴史や社会の現状を考えた時に、スタジアムがコミュティを維持する上で必要なものであるという意見である。エンタテイメントの枠を越えて、スタジアムの公益性が世間から認められている。たとえそこで開催されるものが大学スポーツであっても。

言わずもがな、日本では大学スポーツにそこまでの価値は見出されていない。現状、早慶戦のような多くの観客を集められる試合もあるが、関係者のみで盛り上がるクローズドなコンテンツである印象は強い。ただ「日本版NCAA」の設立など、大学スポーツの社会的価値を高めようとする具体的な活動が増えつつある。身近なところでは、追手門学院大学がガンバ大阪と「ホームタウン・エコ・クリーンパートナーシップ」という提携を結び、ビジネスの側面から大学の存在感をスポーツ界で高めようとする動きもある。

パナソニックスタジアム横にあるアメフト競技場

「日大アメフト悪質タックル事件」が起きた一因として大学スポーツの蛸壺化があるのであれば、外の世界との繋がりを強化するのは初手として理にかなっている。そして、そうした活動の先に大学スポーツの価値が高まり、地域の人々がプロスポーツと並行して大学のスポーツも観戦しに行くことが日常になれば、日本のスポーツコミュニティやスポーツ観戦文化はこれまで以上に豊かなものになるはずだ。「ザ・ビッグハウス」で観たような光景を日本でも見られる日が来るのだろうか。

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1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。2020年に筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。現在はスポーツ系出版社のライター&WEBサイト運営。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆。F1と競馬も好き