過ぎ去りし時を求めて -町田ゼルビア改名問題考察-

メディア寄稿実績

あるライターさんと夕食を食べている際に聞いた一言。

「Jクラブの会報誌に寄稿する時は“エモさ”を意識している」

曰く、1つのクラブを応援し続ける熱心なサポーターは、戦術分析など論理的な記事よりも、人間ドラマなど感情的(エモーショナル)な記事を喜んでくれる傾向にあるそうだ。同じ客層にカテゴライズされるであろう私も「確かに……」と、深く頷いた。

スポーツの語源は「ディス(否定)・ポルト(港)」。仕事から離れることを意味している。つまり、遊びであり、非日常の側面を持っている。

こちらの世界で求めるものは合理性ではないのだ。ポルト(職場・日常)では叶えられない夢を見て、神様すら信じたい。スタジアム内に常識を持ち込むのはナンセンス。

ただ、そのエモさは、現実世界で足枷となる時がある。浪漫と算盤。夢だけでは生きていけない。

だからこそ、近年は他業界のビジネスで実績を残した人のサッカー界参入が続いている。Jリーグアドバイザーにホリエモンが登用されたニュースはその典型だし、今記事のテーマである『サイバーエージェントのFC町田ゼルビア買収』もそうだ。

サイバーエージェントが10月11日(金)に開催した「町田ゼルビアのチーム名・エンブレム変更」発表を趣旨とするサポーターミーティングは、自分達の世界が急に現実世界に侵されたような印象を受けた。もちろん、つながっていることは知っていたけれど……。

サポーターミーティングは平行線。サポーターはこれまでの歴史(クラブの物語)をエモーショナルに訴え、サイバーエージェントはビジネスメリットを主張した。同じクラブを応援する立場にあるにも関わらず、住む世界が違うことを痛感する時間だった。

サイバーエージェントがネガティブ要因として挙げたデメリットすら愛するサポーターは、経済合理では動かない。一方で、経済は浪花節では動かない。どちらの主張も間違っていない議論があるという事実。あの場には2つの正解があった。

そうなると決定権を持たないサポーターの立場は厳しい。Jリーグはサポーターにとって“ディス・ポルト”ではないことを認める覚悟が求められている。

サポーターをやめるとき

2018年4月20日

エモさでは経済は動かないのか?

サポーターミーティングでゼルビアサポーターが発した「Jリーグは感動産業」という言葉は今後の論点になりそうな予感がする。「経済は浪花節では動かない」と前述したが、必ずしもそうとは限らないのかもしれない。

同ミーティングで「覚えにくいクラブ名」として名前を挙げられてしまったVファーレン長崎の社長・高田明氏は、「サッカーには夢がある」という発言を連発。長崎という街の歴史や文化を尊重した上で夢、愛、平和を強調し、圧倒的な支持を集めている。エモい。

横浜F・マリノスは沸騰プロジェクトに代表されるように、昨今のトレンドでもあるファンベースの考え方を取り入れ、サポーターと未来を共創するアプローチに積極的だ。最近ではサポーターがスポンサーの新商品を考えるミーティングも行っているらしい。エモい。

町田ゼルビアのチーム名&エンブレムの変更はこうした事例の真逆を進む選択で、町田という街の歴史も文化も、サポーターの共感も重要視していない寂しさがある。これまで町田ゼルビアとして紡がれてきた時間や想いに経済的な価値はないのだろうか。

余談だが、同じIT企業で、同じ東京で活動するヴェルディの主要株主であるアカツキ社CEO塩田元規氏が「合理的に正解を出せる時代は終わった」として、感情を重要視する趣旨の本『ハートドリブン』を出版している偶然が面白い。

今後のJリーグにおいて大きな前例となるであろう今回の大騒動。他サポにとっても他人事ではない。

関連寄稿記事

Digiprove sealCopyright protected by Digiprove
人気記事紹介

1 個のコメント

  • ゼルビア問題に関する記事とかコメントとか色々見ましたが、一番中立的で分かりやすい記事でした。ぜひ色んな方に見ていただきたいです。

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

    ABOUTこの記事をかいた人

    1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。2020年に筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。現在はスポーツ系出版社のライター&WEBサイト運営。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆。F1と競馬も好き