サヨナラを伝える前に -遠藤保仁選手の移籍によせて-

メディア寄稿実績

ヤットと共に歩めない未来が迫っていたことは分かっていた。皆、薄々気が付いていながら、その現実を直視していなかっただけだ。ただ、正式発表が出た今も感じるリアリティは薄い。仕方ない。2001年のガンバ加入から約20年間、ゴール裏から声援を送る先にはいつも背番号7の姿があったのだから。

ユニホームの胸に光る9つの星はすべてヤットと共にある。「マスターオブガンバ」「ガンバの心臓」「大先生」……ヤットを称する言葉は多々あれど、大き過ぎるガンバでの功績を正しく言語化するのは不可能だろう。フタ、智さん、ハッシー、明さん、ガヤさん……多くのレジェンドがクラブを去った時も喪失感を覚えたが、レンタル移籍とはいえ、ヤットが違うクラブのユニホームを着る事実は1つの時代の終わりを感じる。きっとこの先、こんなに愛され、尊敬された選手は出てこない。

ヤットの記憶は色褪せず、どのシーンも昨日のことにように鮮明に覚えている。リーグ初優勝を決めた等々力でPKゴール後にエンブレムを叩いてサポーターにアピールする姿も、ウイルス性肝炎から復帰した埼玉スタジアムでサポーターの声援にらしくなく手をあげて応える姿も、クラブW杯のマンチェスター・U戦でも飄々とコロコロPKをかます姿も、J2降格が決まったヤマハスタジアムでの落胆した表情も、J2開幕戦でキャプテンマークを巻いて万博のピッチに入場する姿も、ポカリスエットスタジアムでリーグ優勝を知った時の満面の笑みも……。

ヤットを応援してきたからこそ、サポーターとしてACLワールドカップを経験できた。紛れもなく自分のサポーター人生を豊かにしてくれた存在の1人だ。そんな選手がクラブを去る。

不遇を力に

輝かしい実績の一方で、近年のパフォーマンスが下降傾向にあったことも事実だ。周りと違うプレーリズムがネガティブに働くシーンも増えていた。そうしたプレーを本人の衰えと捉えるのか、チームに原因を求めるのかは意見が分かれるところではあるが、ここ数年はチームにとって絶対的主力とはいえない状態であり、矢島選手や山本選手といった同ポジションの選手が台頭してきた今シーズンの出場時間が減るのは違和感のあるものではなかった。

宮本監督の起用法に関するコミュニケーション不足を移籍原因として報じるメディアもあったが、仮に事実だったとしても何かを選択すれば何かを犠牲にするの世の常で、全員が満足するチームマネジメントは不可能。結果で評価されるべきで、サポーターとして宮本監督体制が続く限り応援する気持ちは、ヤットの移籍が決まった今も変わらない。

共感なき半年間を越えて -宮本恒靖監督就任の意味-

2018年7月23日

輝かしい実績の数々を記録してきたヤットであるが、思い返せば不遇を力に変えてきたキャリアでもある。シドニー五輪では予備登録メンバーとして出場機会なし。ドイツワールドカップではメンバーに選ばれるもフィールドプレーヤーで唯一出場機会なし。OAが噂されていた北京五輪はウイルス感染症で見送り。現在の名声はそうした逆境を乗り越えた後に勝ち得たものだ。

それはガンバでも然りで、不調や衰えが指摘され始めると活躍する不屈さをサポーターは知っている。出場時間が減少してきたタイミングでの2019シーズンアウェイ松本山雅戦のアシストや、直近に記録したホーム名古屋戦の決勝点につながるスルーパスが記憶に新しい。今年も“逆襲のヤット”がいよいよ始まった……そう思った矢先の決定だった。逆襲の地として選んだのは大阪ではなかった。

出場時間が減少する中で「ずっとガンバにいて欲しい。ガンバで引退して欲しい」という希望はサポーターのエゴだろう。選手として他クラブからオファーがあるのは幸せなことだと自分に言い聞かせている。ジュビロ磐田という移籍先もベターな選択になるはず。ヤットが輝いた時代には明さんや中村俊輔選手といった理解者が近くにいた。(最近は試合に出ていないみたいだが)今ちゃんや晃太郎が磐田でのヤットにとってそういう存在になることを願っている。

レンタル移籍ということもあり、ヤットや小野社長が復帰への希望を口にしてくれたことは心から嬉しい。特に移籍会見という場でヤットの「ここ以上のクラブはない」発言は涙なしには聞けないものだった。ただ、あらためて書くこと自体が野暮な気もするが、この先の状況は不透明だ。同ポジションには前述の矢島選手や山本選手の存在に加え、タイプこそ違えどヤン(山口)やレオ(町田)といった武者修行組、怪我で離脱中の小野と、既に中盤は過剰戦力気味。宮本ガンバが志向するサッカーとヤットの相性も正直疑問だ。さらにコロナ禍のクラブ経営においても高年俸のベテラン選手の処遇は簡単なテーマではないはず。双方にとってガンバ復帰がベターな選択なのかは分からない。

サッカーイラストレーター五島聡さんが描いた遠藤保仁選手の絵を買った話

2018年5月20日

道は続く

ヤットがサッカーダイジェストで連載していたタイトルは「明日やろうはバカヤロー」、宮本監督の座右の銘は「seize the day」……ガンバの顔である2人が「今」を大切にする言葉を残している事実はプロとして生きる術を教示されているように思える。栄光は常に過去形でしか語ることができず、積み重ねてきた名声やトロフィーでは目の前の試合で勝ち点3を奪えない。今この時に存在価値を示さないと明日はこないプロの世界の厳しさ。

今シーズンJ1最多出場記録を目前にした際、各メディアからの過去に関する質問に「そうでしたっけ?」と言わんばかりに淡々と受け応えていたヤットは未来を見据えているのだろう。今回の移籍も通過点に過ぎないのかもしれない。きっと過去を振り返るのはまだ早い。だけど、今日だけは許してほしい。サポーターとしてサヨナラの前に伝えなきゃいけない。

ヤットのこれまでの活躍に敬意と感謝を。そして、他クラブで歩む今後のヤットのプロサッカー選手としてのキャリアが輝かしく、少しでも長く続きますように。

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1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。2020年に筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。現在はスポーツ系出版社のライター&WEBサイト運営。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆。F1と競馬も好き