監督の入ったお風呂の水は飲まないけれど -宗教的サポーター活動について-

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「来週の試合、参戦する?」

サポーター間でよく使う台詞である。観戦ではなく、“参戦”という言葉を使うあたりに「遊びではなく、スタジアムには戦いに行くんだぞ」という意識高い感を醸し出せていて素晴らしい。サポーターはイタいくらいが丁度いい。

「WE ARE ……」と叫ぶサポーターの様子を一度はTVで見たことがあると思うが、我々(サポーター)はクラブに対して【We】という感覚を持っている。お客さんではなく、当事者としてスタジアムに向かう。だからこその“参戦”なのだ。

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サポーター活動は宗教!?

応援するクラブへの貢献はスタジアム内だけに留まらない。例えば、スポンサーへの感謝を示す行動。私の場合、家電は【Panasonic】、移動は【ANA】、新聞は【朝日新聞】、飲み物は【コカ・コーラ】、たこ焼きは【くくる】と決めている。

そんな私を見て、職場の同僚は「宗教みたい」と言葉を発した。会話の文脈的にはポジティブな意味ではなかったと記憶している。長谷川健太監督が入ったお風呂の水は飲まないが、選手監修のお弁当を嬉しそうに食べる私は、確かに信者なのかもしれない。

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同僚には言えない。スタジアムでは、私が本名ではなく、ハンドルネームで呼ばれていることを。「ロスタイムさん」「ロスさん」……教祖から授与された名前だと思うだろうか。弁解しようにも、ブログ名で声を掛けられているという事実は、それはそれで恥ずかしい。

宗教と同じく(?)サポーター(信者)間の精神的結び付きは強い。コミュニティの希薄化は社会問題というよりも、現代にはおいては、もはや当然という感覚もある中で、スタジアム内では年齢・性別、社会的立場を意識せず、ゴールが決まれば抱き合える関係性はすごい。

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そうした感覚は、異国でさらに強くなる。中国など反日感情があるスタジアムでは、嫌でも自分たちが何者なのかを意識させられ、それによる同族の結びつきが強固になる。そうしたある種の精神的充実は(海外での)応援の魅力でもある。

コアファンの比率が高く、新規ファンが増えない“蛸壺化”の課題を指摘されるJリーグであるが、当事者的には入口のハードルが高く、中の濃度が濃い世界の居心地は悪くない。ただ、それではこの世界が廃れる未来しか待っていないことも事実。だから、友人を勧誘する。

「来週の試合、参戦しない?」

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1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。2020年に筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。現在はスポーツ系出版社のライター&WEBサイト運営。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆。F1と競馬も好き