入社まもない頃、上司から「お前の意見なんて求めていない」と言われた事がある。意見を言えば、暴力や会社を辞めさせようとする圧力が返ってきた。私は少しずつ上司から言われた事だけをやるロボット社員と化した。数年後、異動した先の上司は有給休暇の過ごし方や社内のちょっとした会話にも口を挟んでくる超監視タイプの人間で、自分の考え以外は受け入れず、まともなコミュニケーションが成立しない。当然、両上司共に部下からの求心力は乏しく、上長が不在になる深夜に最もチーム内のコミュニケーションが活発になるような組織だった。そんな環境で良い仕事ができるはずがなかった。

そんな社会人生活はある上司との出会いで変わった。彼は部下に仕事を任せるタイプで、積極的に部下に声をかける事で「自分の仕事が見られている感」も醸成した。時には自らピエロとなり、ムードメイカーの役割まで果たした。個人面談では「何かあれば俺が守る」と伝え、そのチームマネジメントに驚嘆した。自分が尊重されている事が伝わり、社会人生活で初めて「この人のために成果をあげたい」と思った。

この経験以来、サッカーを観る際も監督のチームマネジメントに注目するようになった。

監督業の本質とは

先日、「FOOT×BRAIN」(テレビ東京)で風間八宏監督が指導論についてインタビューに答えていた。独特のサッカー観を持っている方ゆえ、戦術に選手を押し込める様なコミュニケーション法を取っているのではと想像していたのだが、同番組で強調していたのは意外にも「選手の自主性を促す」事だった。そして、それを実現するコツとして「難しい顔をしていたらダメ。ムカついても笑っていると上手くいく」と語る姿に指導される選手達が羨ましくなった。

“名将”と呼ばれる監督には共通する特徴がある。それは「モチベーター」である事だ。つまり、心理的なアプローチに長けている。サンフレッチェ広島を三度の優勝に導いた森保一監督が「プロフェッショナル」(NHK)内で監督業を【心を預かる仕事】と定義し、自分の意見を伝える前に選手の話をまず聞くコミュニケーションを心がけていると語っていたが、その発言に監督業の真髄がある。

「選手自ら考える事」が課題とされる日本サッカー界において、選手の主体性を尊重する監督が率いるクラブが好調である昨今は良い傾向だ。そして、それは監督と選手の相互理解、尊重、信頼があって成り立つものであるという考え方が、サッカー界のみならず日本社会に広がって欲しいと願う。個人が成長、活躍してこそ組織の発展もあるはずだから。




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一日中サッカーのことばかり考えているダメサラリーマン。東京在住の30代男性。衛星放送の会社に勤務しつつ、大学院でスポーツを勉強中。アウェイ遠征時は御朱印をもらってからスタジアムへ。炭水化物抜きダイエットを実施中。好きな食べ物はカレーライス。