優勝も残留もかかっていない最終節において、サポーターの注目は試合以上に試合終了後に行われる長谷川健太監督のシーズン総括スピーチに集中した。事実上の退任挨拶となる場で一体を何が語られるのか。今シーズンの成績からアットホームな雰囲気にはならないことは明らかだった。スピーチは不穏な雰囲気にスタジアムが包まれる中始まった……。
卒業という名の否定
健太監督のスピーチは自虐と皮肉含みの謝罪のように聞こえた。
「3冠」や「ACLベスト4」といった良い思い出を語らなかったのはスタジアムの空気を読んだ結果か。文脈的にも意味を掴みにくい「これで快く5年間に幕を閉じることができる」といった発言など、サポーターからのブーイングに対して苛立ち、冷静さを欠いているようにも見えた。
「やれよ事件」しかり、いつからかサポーターに対してセンシティブになっていた印象がある。試合後に繰り返されるサポーターに配慮したテンプレコメントとは裏腹に垣間見られるプライドの高さ。サポーターとの心理的距離は埋まらなかった。
去り際には美学がある。難しい状況下でこそ人間性が試される。5年間の長期政権を担ったクラブに対して語るべき言葉が他にもあったのではないか。セレモニー終了直後はそう思った。
しかし、健太監督の立場になって考えれば、「未来を一緒に歩めないと」別れを告げられた相手に話す言葉などないのかもしれない。
山内社長曰く今回の決断は「長谷川健太監督からの卒業」。攻撃サッカーへの回帰を掲げるクラブの姿勢は自身への否定とも捉えたかもしれない。複数のタイトル獲得をはじめ、攻撃サッカーに傾倒してJ2に降格したクラブを立て直したという自負もあるだろう。フロントに対する気持ちの整理をつける難しさもあっただろう。

試合終了後、サポーターに手を振る長谷川健太監督
あらためて監督業の難しさを痛感する。クラブは夢を売る商売で、夢は未来にある。一方、栄光は常に過去形だ。監督と悲しい別れ方になるのは宿命なのか。
来シーズンは他クラブを指揮する健太監督が最後に発した言葉「ブーイングを声援に変えて、来シーズン、ガンバ大阪、是非タイトルを奪取して欲しいと思います」がスタジアムに虚しく響いた。

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