ポヤトス監督の2025シーズンでの契約満了が発表された時、体感的にはX(旧Twitter)に投稿された意見の9割が別れを惜しむものだった。サポーターから愛されている監督であることを再確認すると共に、Xが潮目を読んで「いいね」を相互扶助するプラットフォームになっている以上、違う意見を投稿しにくい状況が生まれているようにも感じた。2026年1月現在のネット世界において横並びには価値がある。
私も「寂しい……けど、契約満了は仕方ない」と思っていたにも関わらず《仕方ない》の根拠となる意見を投稿する意義を見出せなかった。本件に関わらず少数派の可能性がある自分の考えを発信することに対して「誰得?」の考えが頭を過るようになっている。今回も「寂しい(……けど、契約満了は仕方ない)」「ポヤトス監督の在籍3年間でチームは成長した(……けど、契約満了は仕方ない)」といった他者が(本心)を読み取れない発信に終始した。
社会で起きる事象を0点 or 100点で評価するのは難しい。ゆえに中途半端な意見にこそ意味があるが、そうしたものはタイムラインに埋もれがちだ。サッカー観戦の推し活化という側面もあるのだろうか、近年は肯定の価値が上がり、批判の価値は下がった。その結果として批評文化が消えつつある。コミュニティ内の意見は(表面上は)偏ることが増えた。

2025年最終節でサポーターの声援に涙するポヤトス監督
AI時代に必要な対話
意見の偏りを危惧するのは、AIの存在感が高まっているからである。
軽いX中毒である私は『Grok』を使うことが多い。Grokに質問するとXの投稿データを学習した回答が表示される。ポヤトス監督の契約満了について所感を聞けば「寂しい」と返ってくる。現段階では【AI≒集合知】の要素が大きい。
AIに対する世間の評価が『ブレスト相手』から『正解を教えてくれる相棒』に格上げされつつある中で、潮目を読んだプラットフォーム上の投稿データを参照しているGrokの回答が《正解》としてサポーターコミュニティに影響するのは怖い。本音と建前。Grokは「……けど、契約満了は仕方ない」の気持ちを理解できない。
SNSやAIのアルゴリズムの外で生きる難易度が高まっている。「みんな違ってみんないい」は基本姿勢としては依然有効ながら、逆の方向に進んでいることを感じることも多い。
例えば、定期的に議論となる「旗振り論争」。Grokの意見は「ゴール裏では試合中も旗を振るべき」(無論、聞き方で回答は変わる)。人の数だけ正があるテーマは結論以上にコミュニケーションが重要となる。それが相互理解や意見の多様性の担保に繋がるから。AIの浸透が議論を深める経緯(背景)の共有になればいいが、盲目的な信頼は分断を生むリスクにもなりえる。
AIが普及するほど人間との「対話」の重要性が増す。今、オリジナルな(珍しい)意見に出会える場はオフラインにある。信頼関係を築いたサポーター仲間との会話では批評も存在するし、中途半端な意見も聞けるし、会話の行間も読める。自分の行動に強い影響を与えるのは彼(女)たちだ。Grokではない。
この実感は私にとって示唆的で、AI時代に自分らしさを失わずにサポーターを続ける上で何を大切にすべきかの指標となりえる。
身近な人との対話を重視するのは、外を向きがちな自分への戒めでもある。誰からの承認を得ることが自分にとっての幸せなのか。SNSでバズることもいいが、昨年話題になった「ChatGPTと結婚した人」のニュースは逆説的にAI時代に重視すべきコミュニケーションの在り方を示している。
ガンバも近年は「ガンバ大阪サッカービジネスアカデミー」や「ガンバ大阪・クラブ連携ビジネスサロン」など、身近なステークホルダーとの対話を重視した施策を重ねているが、狭くて深い人間関係から生まれるアウトプットの重要性は今後高まっていくのではないだろうか。
AI以上に意見を参考にしたい仲間を増やす。信頼関係を丁寧に構築する。これを今年の目標にする。2026シーズンも宜しくお願いします。
Photos:おとがみ






















