W杯が終了して、正直ホッとした。
理由は試合観戦のために早起き(夜更かし)をする必要がなくなったこと。そして、自分が愛するスポーツがどこか遠い存在になっていくような寂しさを覚えていたから。
政治介入や商業主義で批判された今大会。ハイドレーションブレイクで得た広告収入はファンに還元される訳でもなく、決勝戦のチケットが100万円を超えるという報道を目にした時に「自分の大会ではなくなった」と感じた。
私にとってのサッカー観戦原体験は万博記念競技場で開催されたガンバ大阪である。裕福とはいえない家庭ながら、小学生料金1,500円~2,000円程度のレジャーであれば連れて行ってもらえた。高校~大学期においても同様。バイト代で十分に楽しめるチケット価格だった。
当時は空席が目立つ試合も多かったので、サッカー部の仲間と気が向いたタイミングで行けるのも良かった。SB席の最上階が指定席。しなポテを食べながら「ガンバより俺たちの方が強いんじゃね?」と、今SNSに投稿したら炎上するであろう無知な感想を言い合ったの覚えている。
「弱い」「安い」がガンバ大阪へのエンゲージメントを高めた。要は身近な存在だった。
それは売上が増えて、10冠クラブとなった今も変わらない。マドンナやジャスティン・ビーバーらのライブパフォーマンスよりも、モフレムが躍るハーフタイムの方が好きだ。
W杯(FIFA)同様にJリーグも事業規模を大きくするために様々な変化を試みる続けるだろうが、既存のファン・サポーターがマイクラブを遠い存在と感じる未来に繋がらないことを願っている。
社会課題と私をつなぐサッカー
クラブの存在に「身近さ」を感じる要因は他にもある。それは、自分を社会と繋げてくれることである。
国内外への遠征で各地の文化を知る。老若男女のサポーター仲間が増える。監督のマネジメント術から仕事のヒントを得る。あらゆる形でクラブは社会との接点を提供してくれるが、個人的にはガンバ大阪がなければ間違いなく得られなかったものとして「社会課題への意識」が挙げられる。
私は馬鹿なので、社会の複雑性には目を背け続けてきた。ただ、クラブのフィルターを通じて見ることで不思議と感心が持てた。「SDGs」「フードドライブ」あたりはクラブの発信によって自分事として考えるようになった。近年は社会貢献に積極的なヒュンメル(株式会社エスエスケイ)がパートナーになったことにより、平和やインクルーシブについて考える機会も持てた。
先日、そんなヒュンメルを同じくパートナーとして持つツエーゲン金沢との親善試合が開催された。この試合は「能登半島地震支援」を目的の1つとして掲げられており、1990年代に石川県を準ホーム地として試合を開催してきた縁もあってガンバが相手として選ばれたのだと思う。
少年期に大阪で阪神大震災、上京後には東日本大震災を経験した身でありながら、恥ずかしながら能登半島地震は過去のニュースとして捉えていた。被災地を心配する気持ちはあれど「何か自分ができる訳でもないしな……」という他人事のような目線があったことは事実。そういう意味では、W杯と能登半島のニュースは同じカテゴリーに括られるものであった。
だからこそ、この試合を現地で観戦する意義があると考えた。平日開催だったので会社に夏休みを申請し、仕事を休んでいざ北陸の城下町へ。
能登支援を積極発信する町
金沢を散策する中で印象的だったのは、町のあらゆるところで「#旅して応援」「#買って応援」といった自然体で観光を楽しむことが復興支援に繋がることを促進する掲載物があったことだ。訪問した飲食店ではどこも能登が産地である食材を使用していることが告知されていた。それは復興に貢献できない旅前の虚無感を和らげてくれるものでもあったし、食べることやSNSで発信することが能登と自分を繋げてくれるようにも感じられた。
スタジアムでは出張出店していた輪島朝市で甘エビを購入した。震災直後の焼失した朝市通りの映像は絶望的で、朝市で働かれている方々が涙ながらに復興への想いを語ってるのを見聞きした時は「自分にとってはスタジアムが燃えるみたいなものかな……」と漠然と想像したりもした。
私の応援消費など何の慰めにもならだいだろう。この手の行動には偽善や自己満足の眼差しも付きまとう。ただ、1人の行動としては微力でも、大人数で連携することでチームに力を与えてきたサポーターとしての活動であれば、通常活動の延長線上として自分を許せた。
サポーター活動を人生にするつもりはない。昨今の推し活ブームは、自分をエンパワーメントするはず存在に飲み込まれてしまっている側面も垣間見られる。自分にとってJリーグ観戦がすべてを投資するものにならないように気を付けている。
一方で、サッカーを好きでいるからこそ接続できる社会もある。ガンバ大阪を好きでいなければ、能登半島地震は死ぬまで他人事であった可能性は高い。
これからも私と社会を繋げて欲しい。W杯で少し自分から離れたサッカーが、金沢での一泊二日で戻ってきた。

金沢の皆様、素敵な時間をありがとうございました




















