「歴史的な因縁」
この穏やかではないフレーズを試合前に何度見聞きしたことか。
“信州ダービー”
長野県を舞台に『松本山雅FC』(松本市)と『長野パルセイロ』(長野市)が対戦する一戦は、Jリーグに数あるダービーの中で最も盛り上がる試合の1つだと言われている。その最大の要因こそ「歴史的な因縁」であると両クラブの関係者は口にする。
松本市と長野市は仲が悪い。
長野県で生活しない人間としては、その関係性を実感として理解しにくいが、歴史的に「交通インフラ」(空港:松本市、新幹線駅:長野市)や「スポーツイベント」(国体:松本市、五輪:長野市)など、何もするにしても対立してきた過去があるらしい。
ガンバ大阪サポーターの私にもダービーは存在するし、多くのサポーター仲間はセレッソ大阪を嫌っている。ただ、だからといって「(大阪市)東住吉区が憎い」と言っている人を見たことがない。基本的にはクラブ間の対立であり、そこに地域の関係性はあまり影響しない。
この違いはダービーの雰囲気にどのように影響するのだろうか。現地で体感したい――。
2023年10月15日。新宿発、7時ちょうどのあずさ1号で、私は信州ダービーが開催される松本山雅のホームスタジアム・サンプロアルウィンへ旅立った。
考え方の多様化が進んでも
アルウィンで試合を観るのは3回目。初めて松本山雅サポーターの「アルプス一万尺チャント」を聞いた時の興奮は今でもハッキリと思い出せる。
そこから10年が経って、アルウィンの熱量はどのように変化しているのか。格好の舞台である信州ダービーで確認できることを楽しみにしていた。
松本駅からスタジアムに向かうシャトルバスの車内、私の後席に座った松本山雅サポーターの会話が聞こえる。
「今日、チケット売れ残っているらしいよ。信州ダービー盛り上がらないかもな」
結論を先に書くと、この不安は杞憂に終わる。
12,457名の来場者を記録したスタジアムは十分な賑わいで、ゴール裏を中心に企画された「旗いっぱい運動」の応援は壮観だった。「やっぱりアルウィンはすごい雰囲気」というのが率直な所感だ。
10年も経てば、きっと紆余曲折があったはず。サポーターの考え方は多様化が進んで、それはSNSで可視化されて、何を行っても一定数の批判が伴う時代。
さらにクラブの成績が伴わなければ、気持ちの余裕的に許容できる違いの幅は縮まり、コミュニティは殺伐としたものになる。他クラブを応援する身ではあるが、私もスタジアムの熱量維持や一体感を醸成する難しさを痛感する月日を過ごしてきた。
他のスタジアムと比較しても来場者の年齢幅が広い(高齢者が多い)アルウィンで、サポーター歴も、考え方も、体力も、様々なものが違う人が1万人以上集まった中、10年前に体感したものに近い一体感ある応援が継続されていたのは感慨深いものがあった。
「One Soul」
観戦の予習として読み込んだ「信州ダービー特設サイト」によると、松本市の人は「長野は松本より人口が多いですし、政界だったり財界の力も強かった」(疋田幸也氏/ウルトラスマツモト代表)という認識を持っているという。
曰く「“トップダウンの長野”と“ボトムアップの松本”」。
この地域(歴史)的背景は、アルウィンの雰囲気を理解する上で重要に思う。初めてアルウィンを訪問した時に、熱狂の要因だと考えた「コミュニケーション能力の高さ」が生まれた経緯としても納得感のあるものだ。
草の根的に仲間を増やすことが、松本山雅の生きる道。
先の特設サイトで印象的だったのは、松本山雅の幹部がクラブ経営におけるサポーターの重要性を明言している点。近年は流行語のように使われる『共創』のメンタリティがクラブ発足当初から根付いていたということ。
今回の信州ダービーにおいても、「旗いっぱい運動」に連動する形でクラブ公式のXアカウントが下記のような投稿を行っている。
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旗とタオマフで全緑で熱く応援しよう🔥
\明日は #信州ダービー ⚽️🔥
フラッグ大量にご用意します!
お持ちでない方、既にお持ちの方もぜひ!ご購入ください🚩また新商品で『フェイスタオル(最後は気持ち!)』も登場🌟
グッズからも応援を熱く盛り上げます🔥#yamagagoods#yamaga pic.twitter.com/iS0iAcnkVK
— 松本山雅FC グッズチーム 🏔 (@Yamagafc_goods) October 14, 2023
昨今、サッカー界でよく議論になる「応援の自治性」。アルウィンで過ごした数時間の中で、そんなことを議論すること自体が野暮なんじゃないかと思えてきた。
信州ダービーの試合後、ゴール裏のサポーターから他エリア(メイン、バック、逆ゴール裏)で応援するサポーターを慰労するチャントが歌われてたシーンは松本山雅が持つメンタリティを象徴している。
スタジアムに来ている人達はクラブのことが好きで、応援したい気持ちがある。それ以上の共通点を欲さないし、違いを違和感として捉えることもない。打算なく、当たり前のこととして松本山雅に関係する全員が「おらがクラブ」であることを疑わないメンタリティが、アルウィン独特の熱狂を生んでいる。
他クラブのサポーターから揶揄されがちな「One Soul」というスローガンは、目指すものというよりも基本姿勢として定着していると感じた。
違いを越えていけ
違いを認めないと仲間は増やせない。
多様性の時代。一人ひとりの考え方は違って当たり前という前提を理解した上で、“一体感”という言葉の再定義が必要なタイミングなのだろう。自分の正義だけを貫き通して得られる未来なんて高が知れている。
簡単なことではない。それは分かっている。私もサポーター仲間の何気ない発言やSNSの投稿に失望した経験があるし、自覚していない逆のケースもあるに違いない。
だからこそ、違いを越えて、共通の“敵”を相手に気持ちを1つにできるダービーには意義がある。
私にとってのダービーが来週に控えている。
最近のガンバ大阪コミュニティはチームの不調と連動する形で、考え方の違いに起因するイザコザが頻繁に起きている状態にある。今こそ「クラブが好き」という共通点に目をむけて、ダービー勝利を機に流れが変わることを願っている。