日本版NCAAが成功するために必要なもの -映画「ザ・ビッグハウス」を観て-




台本やナレーション、BGM等を排した「観察映画」の手法で注目される映画監督・想田和弘氏が2018年公開の映画で対象としたのは米国のミシガン大学が所有する巨大アメリカンフットボールスタジアム。通称「ザ・ビッグハウス」。集客人数は10万人以上で、スタジアムがある市の総人口に迫る。試合開催時はほぼ毎試合満員になるという。

映画は選手ではなくスタジアムに集まる観客を中心にスタジアム関係者にフォーカスが当てられる。彼らに共通していたのはチームへの「帰属意識」の高さ。観客は大学のエンブレムである「M」の文字がプリントされた服を着用し、チーム関係者は自身の仕事に誇りを持ち、大学OBは寄付を続ける。ミシガン大学は名門だが客層は実に多様で、誰しもにとってもスタジアムがコミュニティーの中心であることが窺い知れた。

ビッグハウスのような光景は残念ながら日本で見ることはできない。日本にとって大学スポーツは社会と切り離された閉鎖的な世界であり、そのクローズドな環境は社会では通用しない勝利至上主義をベースとした「日大アメフト悪質タックル事件」を生み出した。日本ではスポーツが「体育」という名で教育的な側面が強調されてきた歴史であるにも関わらず、スポーツマンシップの欠片もない事件で普段は大学スポーツに無関心である世間の注目を集めたのは悲劇であった。

日本版NCAAの課題

そんな最中、「日本版NCAA」の設立が推進されている。大学スポーツだけに関わらず“縦割り”の意識が強い日本スポーツ界において横断的な統括を目的とするオープンな新組織の誕生はスポーツプロモーションのモデルケースとなるポテンシャルを秘めている。スポーツへの興味関心を幅広く捉えたガバナンスに期待したい。

そして、推進する上で課題となるのは「ザ・ビッグハウス」でキーワードとしてあげた「帰属意識」だろう。それは選手や指導者は勿論、学生、地域住民(観客)ら大学スポーツに関係するすべての人達の“主体的な参加(関与)意欲”と言い換えても良い。サービスを受ける側から共に創り上げる仲間へ。そうした主体的なアクションを促進するビジョンの提示やアプローチが求められる。

スポーツ庁が平成30年3月9日に実施した「日本版NCAA創設に向けた学産官連携協議会マネジメントワーキンググループ(第4回)」での配付資料によれば初期の日本版NCAAの想定事務局人員は学業充実委員会8人、安全安心・医科学委員会8人、事業・マーケティング委員会9人の合計25人となっている。おそらく人的リソースは足りないだろう。また、一人当たりの人件費は422万円と仮定されており、この額では優秀な人材を確保できる可能性は低い。資金調達に関しては「スポンサー」「OB・OGからの支援」などの記載はあるものの、具体的なアプローチ方法は不明である。このような状況だからこそ、大学スポーツに関係するすべての人達の帰属意識に頼らざるを得えず、そこを促進するプロモーションが必要なのだ。

日本版NCAAが出来たからといって急に状況が改善されるほど世間はスポーツにも大学にも興味はない。近所にあるだけの大学スポーツチームに帰属意識をもって、積極的に応援に行くのにはそれなりの動機が必要である。高いレベルのスポーツを見たければJリーグやプロ野球、Bリーグがある。どうすれば大学スポーツに関心を持ってもらえるのだろうか。

大学スポーツに公益性はあるか?

映画「ザ・ビッグハウス」監督の想田和弘氏はスタジアムについてと「THE STADIUM HUB」のインタビューの中で以下のように語っている。

「ちなみにミシガンでは「shrine(神社)」と呼ぶことがありますよ。みんな、shrineなんだ、religion(宗教)なんだ、と言うんです。Shrineは通常、神社と訳されますが、僕は「聖地」とか「神殿」と訳しています。昔は宗教とその祝祭によって、コミュニティーが維持されてきました。しかしこれらの伝統が弱体化した現代社会では、スポーツ観戦が共同体をまとめる宗教で、スタジアムが神殿になる形で、その代わりを果たしている気がしてならないんですよね。(中略)米国には伝統社会がない。いや、ないと言うと語弊がありますね。白人が入植してきて、ネイティブアメリカンの伝統社会を破壊してできた国です。だから、現代の米国人には、新たな祝祭と神殿が必要だったわけです。それがスポーツビジネスになっているんじゃないかと」

つまり、アメリカという国の背景や歴史から考えれば人々にとってスタジアムは必要なものであったと捉えることができる。単なるエンタテイメントとしてのスポーツを越えて、公益性があるからこそ多くの人が得られているのだ。

では、日本人にとって大学とは何か。

私の答えは「教育」。原点回帰。良い人材を育成し、社会に送り出す。学術の視点から社会に貢献する。スポーツにおいても大学に期待されることはこれに尽きる。社会への貢献実績を積み重ね、尊敬される対象となってこそ地域にとっての誇りとなり、応援してくれる仲間が増えるのだ。

筑波大学×アンダーアーマー(株式会社ドーム)包括的パートナーシップ協定」など日本版NCAA成功のモデルケースとなる可能性のある取組みも既に存在する。以下は同協定内における一部プロジェクトの概要。

「アカデミック・インフラストラクチャープロジェクト」は、スポーツを軸に日本の教育を世界基準に変革していく取り組みです。体育会の部の安全で適切な運営や学校のブランディングを行い、また学校が持つ施設など巨大な資産を有効活用することで収益を生み、教育現場に再投資できるよう活動していきます。

また、プロスポーツクラブと大学と提携事例も存在する。追手門学院大学とJリーグ・ガンバ大阪は共に地域に根ざした愛される存在を目指し、社会・地域貢献のために「ホームタウン・エコ・クリーンパートナーシップ」を締結し、相互協力関係の構築に努める。

パートナーシップの具体としては『追手門学院大学学生企画による「エコボランティア活動」の継続(スタジアム内外における、ゴミの分別啓蒙ボランティア活動)』や『ガンバ大阪における追手門学院大学学生のインターンシップ受け入れ』など、大学に期待される人材育成をふまえた地域貢献活動を重視する内容となっている。こうした活動の積み重ねの先に地域住民やOBをはじめとするステークスホルダーで満員となったスタジアムがあると考えるべき。

産業化ばかりがフォーカスされている日本版NCAAであるが、そこを語るのは時期尚早である。そこはあくまで結果であり、目的として考えるべきではない。まずは「教育」を通じた社会・地域への貢献。これを日本版NCAA設立によりプラットフォーム化し、各大学個別で実施していたプロモーションノウハウを共有・連携できれば社会へのインパクトは大きくなるはずだ。

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ABOUTこの記事をかいた人

1日中サッカーのことばかり考えているダメ社会人。ガンバ大阪サポーター。東京在住の30代男性。10年間の衛星放送会社勤務を経て、スポーツを勉強するために大学院に入学。炭水化物抜きダイエットを実施中。好きな食べ物はカレーライスとラーメン。