信じる気持ちが生んだ逆転のカタルシス -FC東京戦-




先に断っておく。今回はイタい文章を書く。ご自身の経験とも照らし合わせつつ、色んな角度から推測して読んで頂けると幸い。

私は誰かの人生にとってのアデミウソンになりたいし、同時に自分の人生に宮本恒靖が登場して欲しい。もちろん、比喩である。サッカーは人生の縮図だ。決勝ゴールに涙したのはいつ以来だろう。優勝より嬉しい1勝が確かにそこにあった。きっとこれはピッチに感情移入をし過ぎているから。ここ数年、サッカーに自分の人生を重ね過ぎる癖が抜けない。

つまり、後半アディショナルタイムの決勝点からは「諦めずに戦い続ける勇気」を学べるし、高や一美の抜擢&活躍からは「評価されない時期も努力を続ける必要性」を知る。苦難を乗り越えたシチュエーションに共感を覚えてしまうのは悲しいかな自分の人生が上手く回っていない証拠だろうが、そういう状況だからこそ見えてくるもの、得ることがあるのも事実。そして、それを証明する機会はきっと訪れるということ。私はアデの能力を1ミリも疑っていないし、高や一美のポテンシャルも信じている。信じて応援するパワーが彼らを覚醒させる。

86分に失点した際、不思議と「またか…もうダメだ」とは思わなかった。アウェイで戦った磐田戦や名古屋戦とは違う雰囲気があった。「まだやれるはず」という想いが自然と激励の声を出させた。きっと皆同じだったのではないだろうか。あの決勝ゴールは証明したのだ。アデミウソンという選手が持つ価値。そして、サポーターのガンバを信じる気持ちを。こんなに最高なカタルシスがあるか。いつからだって逆転してやろう。

試合終了のホイッスルの瞬間、選手達はピッチに倒れこみ、サポーターは抱きあった。この夜、応援する彼らはもはや自分だった。




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ABOUTこの記事をかいた人

1日中サッカーのことばかり考えているダメ社会人。ガンバ大阪サポーター。東京在住の30代男性。10年間の衛星放送会社勤務を経て、スポーツを勉強するために大学院に入学。炭水化物抜きダイエットを実施中。好きな食べ物はカレーライスとラーメン。