『プラダを着た悪魔2』と東口順昭選手から学べること ‐サッカー雑誌の生存戦略を考える前段として-

メディア寄稿実績

映画『プラダを着た悪魔2』を観た。紙からWEBへ読者の閲覧方法がシフトした出版業界の変遷を背景に、経済的に厳しい状況に追い込まれたファッション誌『RUNWAY』の社員が媒体存続にむけて奮闘する物語である。令和の時代においても編集者の「変わらない矜持」と「変わる戦い方」が描かれており、信念を持って働く人達の姿に心動された。

この映画を観ながら考えたのは、サッカー雑誌のことだ。

私は毎週水曜日、学校終わりに本屋に直行して『サッカーダイジェスト』と『サッカーマガジン』を読み比べしていた元少年である。特にサッカーダイジェストで当時ガンバ大阪担当だった川原崇氏のレビュー記事を読む習慣が原体験であり、試合の結果以上に氏の所感(文章)でガンバの未来を一喜一憂したことをよく覚えている。そんな会ったことがない人物をモデルケースとして、30代をサッカーメディアの編集部で働いたくらいにはテキストカルチャーに思い入れがある。

しかし、(サッカー界に限らず)学生時代に愛読していた雑誌はフィジカルからデジタルに発信の主戦場を移したことを機に、記事から主張やコンセプトが失われた。PVモデル運営の弊害として、SNSの反応をまとめるコタツ記事を量産すること自体が目的化しているようにも見える。記事の閲覧を邪魔してくる広告が表示される度に、媒体のブランド価値を傷つけているように感じるが、それが現時点の生存戦略の最適解ならば安易な批判はできない。

《ジャーナリズムをどう守るか》は『プラダを着た悪魔2』内で提示された論点の1つであったと理解している。報道業界を経由してファッション誌の世界に出戻った主人公のキャリアが私と近いこともあり、私も再度サッカーメディア界で働くことになれば、どのような戦略を立てるだろうかと頭を働かせながら映画を鑑賞した。

映画ではWEB全盛時代におけるファッションメディア界の変化が描かれるが、サッカーメディア界はどうだろう。「変わる戦い方」を検討する前段として、読者の目線で日々感じていることを挙げていく。

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2023年8月29日

サッカーファンの気質変化

20年前と比較して、サッカーファン同士の会話で最も大きな変化は「情報格差」である。それは見ている媒体の違いでもある。専門性の高い情報にアクセスできる時代において、有料メディアも含め能動的に質の高い情報をインプットしている層と、Yahoo!で無料コタツ記事を受動的に見ている層の持っている情報の量(質)は違う。

その結果として発生しているのが「不寛容さ」である。前者の層は不勉強を許せない。サッカー中継の居酒屋解説が炎上する。林陵平氏のような専門家が重宝される。「すべてのジャンルはマニアが潰す」とは昔からよく言ったもので、迂闊なことを言えない時代の空気感を感じる。

そして、ファンの発信は「細分化」されていく。マスコット、ユニフォーム、スタグル、戦術……《界隈》の発生。得意分野に特化した発信。知っている情報、馴染みのアカウントの発信ばかりが流れてくるSNS。そのアルゴリズムは“界隈の有名人”を生み出した一方で、世代の顔を生み出さなくなった。雑誌文化が廃れて「一応、天国と地獄(セルジオ越後)も読んでおく」習慣が消えた。

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2025年7月17日

自分は「間」を漂いたい人間なので、こうした分極化の流れには生き辛さを覚える。年齢的な問題もあるのか、トレンドにアジャストするのが少しずつ億劫になっていることも自覚している。

東口順昭選手のレギュラー再奪取

この記事を書こうと思ったもう1つの動機として、東口順昭選手の活躍がある。5月12日に40歳の誕生日を迎え、大ベテランと呼ばれる年齢になっても尚、トップレベルで活躍を続ける姿が『プラダを着た悪魔2』の内容と重なった。

GKは近年で役割が最も変化したポジションの1つで、ポヤトス前監督時代にはその傾向が謙虚に表れた。「攻撃の起点」としての貢献が強く求められ、そこに強みを持っていない東口選手の出場機会は激減した。

衰えた訳でも、他者と比較して劣っていた訳でもない。評価基準が変わった。『プラダを着た悪魔2』で美的価値を追求する編集長と、経済対価を重視する経営コンサルタントとの対立が描かれるシーンと同じ。シュートストップも、ビルドアップもサッカーにおいて大切。ただ、時代によって価値が変動しているということ。

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2025年11月7日

東口選手は2026シーズン前半戦に正GKの座を奪い返した。

要因は監督交代だけではない。実績があるベテランにも関わらず、出場機会がない時間を懐古的に過ごさず、新しいものを取り入れて今、結果を出すための行動を続けていたことが実を結んだ。レギュラー奪取後、得意だとは捉えていなかったビルドアップでも好プレーを披露する姿に同年代のサポーターとして刺激を受けない訳がない。仕事のアイデアを過去の経験から考えることが増えていた自分を恥じた。

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自身の成長のために後輩からも学ぶ姿勢を隠さず、トレーニングマッチでは積極的な叱咤激励でチームに緊張感を与えるベテランとしての責任も果たす。時代が進む副作用としての課題に前向きに取り組めているからこそ、トップカテゴリーでの現役を続けられている。

キャリアの集大成……なんて表現を使うと失礼だろうが、ACL2決勝の舞台で東口選手の「変わらない矜持」としての神セーブでチームを優勝に導く姿を観たい。未だに2018年サッカーW杯で出場機会がなかったことを悔しく思っているので、国際大会のタイトルで名を残して欲しい。その姿は時代の変化へのアジャストに試行錯誤するサポーターをエンパワーメントしてくれるはずだから。

まとめ

社会の進化を「価値観の多様化」と定義した場合、昔を懐かしんだり、現状を憂うスタンスを老害と呼ぶのだろう。現役を引退した元選手達の「データ重視」「ファンタジスタ不在」を切り口にした現代サッカー批判と同じ。共感はできても、あまり意味を感じない。変化に適応することは、前向きに生き続けること。毎週水曜日の1000字のレビューを読みに本屋に向かう日々よりも、毎日SNSで大量の情報を楽しめる今の時代の方が好きだ。サッカーメディアの生存戦略は未だ検討中だが、日々を過ごすスタンスとして『プラダを着た悪魔2』と東口選手から学べることは多い。

Photos:おとがみ

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大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。2020年に筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。スポーツ系出版社のライター&WEBサイト運営を経て新聞社へ。社会学、映画、読書、F1、競馬、スポーツビジネス、ラーメンが好き。