この日、スタジアムは2つの感情を持っていた。1つは「ガンバを勝たせたい」。もう1つは「ウィジョにゴールを決めさせたい」。「ガンバに勝って欲しい。できればウィジョのゴールで」。これがサポーターに共通する想いだった。
0-0で迎えた試合終盤は後者の感情が強くなり、もはやウィジョにゴールを決めさせることが最優先のような空気感がスタジアムを支配した。スタジアム中に響き渡る大声量のウィジョチャント。それに呼応するようにゴールに迫り続けるウィジョ。そこには確かな相互性が存在した。Jリーグの魅力が詰まった幸せな時間。ウィジョのシュートがポストを叩く儚さも含めてサッカー。アンコントーラブルな世界に生きているからこそ私達サポーターは団結できる。
別れるべきタイミングだった。変わり続けなければ生きていけない
ファン・ウィジョ(黄義助)はガンバ得意の2年越しオファーで2017年6月に入団。入団を決意した背景には前所属である城南FCの経営難もあり、必ずしも100%前向きな移籍ではなかったという。ただ、デビュー戦となった大阪ダービーでのゴールからの2年間、両者にとって良い時間になった。
6試合連続ゴールなど昨シーズンのJ1残留の立役者であり、報道によれば今回の移籍で2億円以上の移籍金をクラブは手にしているという。クラブへの貢献度は大きい。ウィジョ個人としても韓国代表への定着をはじめ、クラブの理解があり参加できたアジア大会での得点王&優勝。そこで得た兵役免除が夢であった欧州移籍を後押しした。
別れは悲しいが、今シーズンのプレーを振り返ればそのタイミングだったとも言える。得点数にも表れている通り、対戦相手から研究され尽くされた感も強かった。分析技術が進んだサッカー界においては、変わり続けなければ生きていけない。
過去を振り返えれば、エースの移籍がポジティブに働いた例はいくつかある。ガンバを象徴する“パスサッカー”は(ヤットの存在が大きいながらも)2004年に当時エースであったマグロンの退団によって空中戦が使えなくなったことがきっかけ。記憶に新しいところでは、2008年にバレーが退団したことによって“縦ポン”が減り、細かくつなぐサッカーが復活した。特に今回はウィジョの代わりに加入するのが宇佐美選手であることからも悲観はしていない。
プロの世界において別れは多くの場合、ネガティブな要素を含んでいる。多くのサポーターから愛されたジェソクは出場期間を失っての移籍であり、藤本淳吾選手も同じ。田中達也選手に関しては出場機会があったにも関わらず加入後半年での退団ということもあり批判の対象になった。中村敬斗選手も移籍が決まれば、批判はされないだろうが、堂安律選手から続く“戦力になり始めたタイミングで退団”というトレンドに頭を悩ますこととなる。
だからこそ、ウィジョの退団に多くのサポーターは感傷的になった。お互いの未来を応援し合える別れは数少ない。改めて痛感する「今」の大切さ。選手達と過ごせる時間は短い。宮本監督の座右の銘である「seize the day(今を生きる)」が身に染みた。
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