アミーゴができる国 -ワールドカップのホスピタリティ-




「危ないから気をつけてね」

出国前、一体何人の友人からこの台詞を言われただろう。サッカーワールドカップを観戦しにブラジルに行くことを話すと大半の友人は現地の治安を心配する言葉を口にした。開幕前、連日のようにブラジル国内で起こっている犯罪事例を紹介したマスコミの影響もあったのだろう。

友人達曰く、

「タクシーが危ないらしいから、人通りの少ない道に行こうとしたらすぐ降りろ」
「基本的に徒歩での行動は避けろ。常に誰かに狙われていると思え」
「ホテル内が意外に危ないらしい。部屋をノックされても絶対に開けたらダメだ」
「警察が窃盗団とグルになっているときもあるらしい。ブラジルでは誰も信じるな」

これではブラジルに安心できる場所はどこにもない。思い返せば前回大会の開催地であった南アフリカも開幕前には治安の悪さを心配されたが、結局は問題なかった。4年前、私はブラジルを危険な国だと決めつける友人達と同様、マスコミに踊らせれ治安を危惧し、現地に行かなかったことを後悔している。南アフリカに行ったサッカー仲間から「全然治安大丈夫だったよ」と聞かされる度、自分の意気地無さを呪った。だから、今回は誰に何と言われようとブラジルに行くと決めていた。

こういう時はマスコミ報道を鵜呑みにせず、信頼できるところから情報を得ることが大切だ。南アフリカに行った仲間は外務省のHPをよく見たと話していた。外務省が私を安心させて出国させてくれるはず……だった。

「けん銃を使用した凶悪犯罪が後を絶たちません」
「軍警察によるストライキが発生する可能性がある」
「強盗・窃盗などの一般犯罪が昼夜を問わず発生している」

目を疑った。むしろマスコミは報道を自粛していたくらいなのかもしれない。友人達の言葉もあながち大袈裟ではない気がしてきた。そして、外務省のHPにはこうも書かれていた。

「自分の身は自分で守る」との心構えを持って下さい。

ニュース番組のコメンテーターがへらへら笑いながら追い打ちをかける。

「南アフリカも治安が悪いと言われていましたが、ブラジルは本当にヤバそうですね」

笑い事ではない。「ブラジルは危険な国」。これはワールドカップ前、日本中の共通理解だった。

防犯対策

不安と共に日本を出国した私はブラジル・リオデジャネイロ空港に到着するとすぐに行動を起こした。まずは、強盗に12回襲われても全財産を失わないよう現地で両替したお金を複数の財布に分けた。強盗に襲われる前提である。

そして、服もブラジル代表のユニホームに着替えた。「私はブラジルの味方です」とアピールする作戦。要は媚びたら襲われないかもしれないという発想である。旅を共にする後輩にどう思われようが知った事ではない。先輩の威厳よりも優先すべきは身の安全。私は日本人として外務省の「自分の身は自分で守る」という忠告に従ったまでだ。

一方で「舐められたくない」という想いから強面に見えるサングラスも着用した。このあたりから一体自分がブラジル人からどう見られたいのか分からなくなっていた。私の着替えを待っている後輩が退屈そうな顔をし始めている。コイツが襲われても一人で速攻逃げようと心に決めた。

ブラジル代表のユニホームを着て聖地マラカナンも訪問

ワールドカップ特有のコミュニケーション

先に結論を伝えると、私の治安対策は全て無駄に終わった……ポジティブな意味で。つまり、ブラジル滞在期間中、危険な目には一度も会わなかった。タクシーが人気のない道に行こうとする事もなかったし、町中に配備された警察は窃盗団とグルではなかった。危険というよりも、あらゆる場所で声をかけてくれる社交性の方が印象に残っている。

ブラジル人:「ジャポン?」

私:「YES」

ブラジル人:「YEAH!KAGAWA(香川)!HONDA(本田)!」(親指を立てながら)

コミュニケーションを取るための共通言語としてサッカー選手の名前は滞在期間中、頻繁に使われた。サッカー選手の名前1つでお互いが笑顔になれる。その固有名詞1つで「ワールドカップを楽しんでいけよ」という想いが伝わる。このワールドカップ開催期間ならではのコミュニケーション法は片言の外国語で話すよりもよっぽど実用的だった。事実、私がブラジル滞在期間で最も使った言葉は「Obrigado(ありがとう)」でも「Bom dia(こんにちは)」でもなく、ブラジル代表のエース「ネイマール」という言葉である。

そして、彼らは別れ際には必ずこう言うのだ。

「チャオ!アミーゴ!(またな!友達!)」

言葉や人種の壁を超え、同じ「サッカー好き」としてブラジルから受け入れられた気がして心地よかった。言葉を交わすたび、ブラジルに友達ができた。

謎のバス

日本-ギリシャ戦が行われたナタールの地での出来事である。試合後、私達は困っていた。

スタジアムからホテルがあるポンタネグラまでは約5km。タクシーがつかまらず、電車も通っていない。ブラジルに対する恐怖心は多少弱まっているとはいえ、試合終了時刻は夜21時。夜道を歩くのはさすがに避けたい。どうしたものか。私達は立ち止まってしまった。

そんな時、体格の良いブラジル人男性が声をかけてきた。しかも、満面の笑みで肩を組んでくる。

「金をよこせ」

ポルトガル語は理解できないが、そう言っていると解釈した。終わった……。後輩を生贄に差し出して1人で走り出そうかとも考えたが、サンダルを履いていたため逃げ切れないと判断。彼の話を聞き続ける以外の選択肢はなかった。

言葉が分からず、リアクションを取れない私達を見て、彼はジェスチャーを交え始めた。運転するポーズ、ご飯を食べるポーズ……そして、私が持っていた地図を指差しした時にやっと「これからどこに行くのか?」と聞かれている事に気が付いた。ホテルがある「ポンタネグラ」の名前を伝えると彼は「OK」という言葉と共に「付いてこい」といった主旨のジェスチャー。判断を迷った。人気のないところに連れていかれて、お金を取られるのではないかと怖かった。ただ、このままブラジルの夜道を迷子になるのも危険。一か八か彼に付いて行く事にした。

しばらく歩くと彼は道路に停めてあった小さなバスに乗るように案内した。バスには日本人サポーターがぎゅうぎゅう詰めで乗車している。中の日本人に「ポンタネグラに行きますか?」と質問すると「……多分」と苦笑いで返事が。皆、私達と同じような状況で乗車したのであろう。乗る以外の選択肢がなかった。その後も続々と日本人サポーターが乗車し、乗車率が400%程度になったところでバスは出発。ブラジルの道路交通法は寛大だ。

バスは無事ポンタネグラに到着。目的地に到着した安堵感から日本人サポーター数人からは拍手も起きていた。降車時、料金を払おうとしたが、運転手は首を横に振り受け取ろうとしない。我々が乗っていたのは無料送迎バスだったのだ。

そして、運転手は笑顔でブラジル定番の台詞を発した。

「チャオ!アミーゴ!」

降車後、親切で声をかけてきてくれた男性に対して偏見を持った自分を責めた。ブラジルは悪い国ではない。この出来事の後、私は改心した。明日からはもっとオープンな気持ちでブラジル人と接しようと決めた。

ナタールでは日本-ギリシャ戦を観戦

地下鉄はカラオケボックス

ブラジルで受けた数々のホスピタリティはブラジル人の陽気なパーソナリティがベースにあると思う。そして、そのパーソナリティを最も体験できる場所が「地下鉄」だった。「静かに過ごす」が地下鉄乗車のマナーだと考えている日本人からすれば、ブラジルの地下鉄はカルチャーショック以外の何物でもない。ブラジルの地下鉄は「唄う場所」なのだ。

唄われている歌はサッカーブラジル代表を応援するチャントであることが多かった。車内のどこからともなくチャントが唄われ始めると10秒後には車内全体での大合唱に変わる。もはや唄っていない人の方がマイノリティだった。

ブラジル代表以外のチャントが唄われる事もあった。私はブラジル滞在期間中、日本国旗を持ち歩いていたのだが、その国旗を見たブラジル人が「ジャーポン♪ジャーポン♪」と即興チャントを唄いはじめたのは数回ではすまない。そして、彼らは「さあ!お前も俺達と一緒に唄うんだ!」と言わんばかりに私と肩を組み、飛び跳ねる。ナタールのバスの一件以降、ブラジルに心を許していた私はいささかの照れはあったものの「郷に入れば郷に従え」という言葉を胸に、唄い飛び跳ねた。そんな私に対するブラジル人の笑顔は「やるじゃないか!ジャパニーズ!」と言ってくれているようで嬉しかった。

これもブラジル流のホスピタリティなのだろう。滞在期間の後半には地下鉄で過ごす時間は私のお気に入りになっていた。

東京五輪でお礼を

帰国後もやはり友人達の第一声は「大丈夫だった?」と現地の治安を心配するものだった。私がブラジルに滞在していた期間も日本では現地で起こった犯罪に関する報道が頻繁にされていたらしい。確かにブラジルにはそういった一面もあるのかもしれない。しかし、そういう負の部分ばかりを強調するのは違和感がある。親切にしてもらった多くのブラジル人にも申し訳ない。友人達には実体験としてブラジルはとてもフレンドリーな国だったという話をした。ブラジルの魅力が少しでも伝わって欲しいという想いがあった。

ブラジルで経験したようなホスピタリティを日本は2020年東京オリンピックで実現できるだろうか。「おもてなし」をPRして開催権を獲得したからには、最高のホスピタリティを提供する義務がある。滝川クリステルさんは「おもてなし」の具体を「見返りを求めない精神」と説明していたが、きっとこれはブラジルが提供した「陽気なホスピタリティ」同様に来日する世界中の人々に喜ばれると信じている。私も日本に住む一人としてブラジルで受けた様々なホスピタリティのお礼を東京オリンピックの場で返したいと思っている。

平和で楽しい時間をありがとう

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ABOUTこの記事をかいた人

1日中サッカーのことばかり考えているダメ社会人。ガンバ大阪サポーター。東京在住の30代男性。10年間の衛星放送会社勤務を経て、スポーツを勉強するために大学院に入学。炭水化物抜きダイエットを実施中。好きな食べ物はカレーライスとラーメン。