シェムリアップに新しい文化を -アンコールタイガー取材旅を終えて-

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「カンボジアの夢と希望と勇気の象徴として、国民の生活に欠かせない心の潤いとなる」

カンボジアの日系サッカークラブ「アンコールタイガー」のクラブミッションである。言うは易く、行うは難し。国民性も文化も違う日本人が、異国でそんなことができるのか。具体的には何を行うことがミッション達成につながるのか。その答えを探すため、クラブのホームタウンであるシェムリアップを訪ねた。

満員のスタジアムがもたらすもの

超満員のスタジアム

リーグレコードとなる約4,200人の観客で埋め尽くされたスタジアムの雰囲気は、何かを変えるのに十分な熱量を帯びていた。試合は過去一度も勝ったことがない強豪ボンケットFC相手に先行される苦しい展開。食らいつくアンコールタイガー。選手達のハードワークに連動して「タイガー!タイガー!」と声量が大きくなるチャント……と呼ぶにはまだつたない“大合唱”はシャイなカンボジア人のイメージを壊すものだ。

「カンボジアにはサッカーを応援するという概念はないんです」と話していたクラブスタッフも驚いたに違いない。少年コールリーダーの声援を促す呼びかけには(照れもあるのか)反応が薄い一方で、ゴールの瞬間に発生した感情爆発と呼ぶべき大歓声に、サッカーの力を感じずにはいられなかった。

シェムリアップを代表する観光地「アンコールワット」でアテンドをお願いしたガイドさん曰く、「カンボジア人は人生に夢をみない」のだそうだ。女性は仕事に就けないのが当然で、結婚後は家に引きこもり夫に尽くす。また、女性は未経験であることが重視され、離婚という選択肢を持つことが難しい。

一方、男性とて大した仕事には就けない。消極的選択として、トゥクトゥク(バイクタクシー)のドライバーで生計を立てるものの、似たような境遇の人は多く、供給過多になっている。異国で働きたくても、国(カンボジア)の信頼が低く、入国審査が通りにくい。

運良く他国に移住できたとしても、女性は風俗、男性はハードな肉体労働を強いられ、最悪のケースとしては悪い人に騙されて、不法滞在になってしまう事例が多々発生しているという。そうした現状がカンボジア人の移住への心理的ハードルを高める負のスパイラル。ポルポトの影響もあり、人生のモデルとすべき大人(成功事例)も少ない。そんなことを教えてくれたガイドの口調は、どこか達観しているようにも聞こえた。明るい未来を想像することすら難しい国もあるという現実。

だからこそ、何かを信じ、応援する行為が持つ意味は大きいのかもしれない。ファンは選手達に自分を重ね、選手はその想いが力になる。私が現地で観た試合は、買収が疑われるほど主審が対戦相手寄りの判定を繰り返していた。さらにGKが早々に怪我をして交代枠を1枠失った。難しい状況下でも諦めない選手達の姿にシェムリアップの人々は何を感じただろうか。

シェムリアップにサポーターカルチャーが根付く時

ファンを迎い入れる加藤明拓オーナー

最終的には2-2で終えた試合の中で、スタジアムが盛り上がったシーンが3度あった。2/3は前述のゴールシーン。残りの1回は試合前。対戦相手であるボンケットFCのサポーターが応援を始めたことへのカウンターとして、アンコールタイガーのクラブオーナーである加藤明拓氏が観客を「やりかえせー!」と煽った時だ。ボンケットFCサポーターの応援に、どうリアクションしたらいいのか戸惑っていた様子のアンコールタイガーサポーターが「待ってました!」とばかりにタイガーコールを大声量でやり返したのだ。

試合後、ピッチ上では多くのサポーターが選手に記念撮影を求める長蛇の列を作った。得点を取った選手や、長く在籍している選手に人気が集中する中、最も多くの記念撮影を求められていたのが……なんと加藤氏だった。

試合前は来場者一人一人に対し感謝を伝え、ハーフタイムには地元男性アイドルと踊るピエロを演じる。試合中は大きな声で審判に抗議し、ゴールの瞬間は誰よりも喜ぶ。そうしたアクションが意図的に行われているのか、天性のパーソナリティに起因するものなのかは分からない。間違いないのは、そうした行動の1つ1つがシェムリアップの人々の心を動かしていたということ。加藤氏との記念撮影時に満面の笑みを浮かべていた少年の姿に冒頭の問い「カンボジアの夢と希望と勇気の象徴として、国民の生活に欠かせない心の潤いとなる」の具体を垣間見た気がした。

観客席に入りきらず、立ち見で応援するサポーター

アンコールタイガーに関しては、多くの人がビジネスの側面に注目する。私もそうだった。ただ、本質はそこにはないことを痛感する旅であった。このクラブは儲けるために存在している訳ではない。カンボジアは若い人が多く、高いポテンシャルを秘めた国だ。そんな場所で日本人が、サッカーを通じて、地元の人々の勇気になっている。お金には換算できない価値がある。シェムリアップにアンコールタイガーが、そして応援文化が定着した時、街にはどんな変化が起きるのだろう。きっとそれは、遠い未来じゃない。数年後、また訪ねてみよう。

最後に、今回の取材旅ではアンコールタイガー関係者の皆様に大変お世話になりました。クラブオーナーの加藤氏、アンコールワット観光の調整をいただいたGMの篠田氏、記事の写真素材など手配いただいたセールスマネージャーの木米氏、将来有望な学生インターンの菅井氏、通訳のノイ氏、インタビュー取材に対応いただいた深澤仁博選手と林遼太選手、そして、大学院の同級生であり、このクラブの存在を教えてくれた三笠製作所社長の石田氏。

旅で出会ったすべての皆様に感謝します。素晴らしいサッカー文化を伝える機会を与えていただき、ありがとうございました。

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※寄稿しています(記事名:「アンコールタイガーFCオーナー・加藤明拓が語るカンボジアの可能性」)

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1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。2020年に筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。現在はスポーツ系出版社のライター&WEBサイト運営。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆。F1と競馬も好き