日常の中にあるもの -バルセロナ遠征記-

Jリーグサポーターは「当事者意識」が高いと言われる。お客様であることを嫌う。ウィーアー……なのである。以前、Jリーグサポーターに密着した番組でコールリーダーがこんな呼びかけをしている姿が映されていた。

「仕事の人もいるかもしれないけど、無理をしてでも埋めましょう!スタンドを!」

これがJリーグにおける当事者意識である。

自然体のスタジアム

バルセロナに来ている。

ここをホームタウンとするサッカークラブ「FCバルセロナ」はファンがクラブ運営に対して発言権や決議権を持つ“ソシオ制度”を採用しており、Jリーグサポーター以上に当事者意識の高い人達に支えられているクラブである。8万人以上とも言われるシーズンチケット保有者で埋め尽くされるスタジアム「カンプノウ」はどれほどの熱量で支配されているのか。それが知りたかった。

カンプノウ

カンプノウ

結論から書くと、想像とは違っていた。私が知っている熱量の測り方は“ウルトラス”を軸としたものだ。「横断幕」「チャント」「ゲーフラ」「発煙筒」「決起集会」「バス待ち」……etc.カンプノウは真逆の空気感。まずウルトラスがいない。ゴール裏でチャントを歌っている連中はいるのだがマイノリティである。観客の大半はユニホームも着ないし、チャントも歌わない。スタジアムへはキックオフギリギリまで来ないし、試合中にスタグルを買いに席を立つのも当たり前。

彼らは無理をしない。自然体で観戦しているのだ。前述の通り基本的にチャントは歌わないがここぞの場面ではバルサコールが発生し、不可解な判定や相手の遅延行為には全力でブーイング。良いプレーには拍手。隣に座っていた男性は終始イライラして途中で帰ってしまったかと思えば、前に座っていたカップルは試合中に記念撮影を始めた。彼らのアクションは人間的で“日常”そのもの。FCバルセロナは特別ではなく生活の中にある。根付くというのはこういう状態のことを指すのだろう。

きっと彼らには「スタジアムはこうあるべき」という凝り固まった考えはない。だからこそ、“非日常”を求めてカンプノウに訪れる多数の観光客を受け入れられる。グローバルになるとは多様性を認めること。日常と非日常が混ざり合う独特の雰囲気がここにはあった。

長くクラブとの関係を継続するためには一定の距離を取ることが必要だ。冒頭のゴール裏原理主義のようなマッチョ思想も否定はしない。ただ、それは生き急いでいないか。過去そのような関わり方をしてスタジアムから消えていったサポーターを何人も知っている。燃え尽きることを良しとするのか。私は長くJリーグを愛したい。日本よりもはるかに長いサッカーの歴史を持つFCバルセロナが行き着いたスタイルを目の当たりにして、少し肩の力を抜いてもいいのかもしれないと思った。

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ABOUTこの記事をかいた人

基本的にサッカーのことばかり考えているダメサラリーマン。大阪出身の30代男性。ハンドルネームが全く浸透せず「ロスタイムさん」「ロス7さん」などと呼ばれがち。健康のために炭水化物抜きダイエットを実施中。好きな食べ物はカレーライス。