1失点完封の罠 -なぜガンバはこんなにも自分みたいなのか-




湘南ベルマーレのDVD」が売れているらしい。見所はロッカールームで起きた選手同士の激しい口論や監督の激昂シーン。緊張感溢れるあの映像にサポーターは何を見たのだろう。

私は羨ましい、と思った。他者という鏡を通じてしか己を確認できないという前提で考えた時、現代の希薄な人間関係の中では本当の自分を知れる機会は少ないから。要求し合える環境の中、他者にどう見られたいのかを考えることで成長がある。

このロッカールーム映像を見た多くのガンバサポーターは「ガンバのロッカールームではありえない光景」といった趣旨の発言をSNSに投稿していた。大人しいのはガンバの伝統だが、それが甘さに繋がっているという側面はあるかもしれない。立ち上がりの失点が続く、終盤の失点が続くなど、嫌な流れを1試合で断ち切れない悪癖の背景を考えてみる価値はある。

ガンバ大阪に人生を重ねて -2019シーズン編-

同族嫌悪

ただ、正面切ってそんなガンバを批判することができない自分がいる。

1失点の試合を「ガンバは1失点完封だからOK」と自虐ネタに変えてヘラヘラしている自分に……、ダイエット中なのに「今日はガンバ勝ったからカロリーゼロ!」と夜中にラーメン食べちゃう自分に……誰かの甘さを批判する資格はない。

同じミスを繰り返す、調子の良さに油断してたら大逆転を食らう、負けたあと自虐に逃げる、ポストに神頼み、エンド交代でゲン担ぎ、人に強く要求できない……私が応援している相手はガンバか?それとも自分か?

私はガンバ大阪を鏡にしてきた。ピッチでの出来事を学びとして自分の人生に反映してきた自覚がある。弱いところからスタートしたガンバ。負けて負けて負けて、そこから何を見出すのか。サッカーにおける勝者はほんと一握り。大多数が負ける。その意味ではサッカーは負け方の美学が問われるスポーツだ。連続する不甲斐なさを認める訳にはいかない。

この先も努力が報われないこともあるだろう。理不尽な判定で泣かされることもあるだろう。誰も正しい評価をしてくれないかもしれない。それでも、それを糧に生きていくしかない。だからこそ、応援するのだ。信じている気持ちを伝えるのだ。挽回するガンバの姿を鏡に自分を前進させたい。たとえ、その先に待っているのがまた敗戦であっても。

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ABOUTこの記事をかいた人

ガンバ大阪サポーターブロガー。東京在住30代男性。10年間の衛星放送会社勤務を経て、サッカーメディア会社へ。筑波大学大学院スポーツ社会学修士。週末ダイエットフットボーラー。趣味は炭水化物抜きダイエット。好きな食べ物はカレーライスとラーメン。