相手のことを「自分」と呼ぶ地域で育った影響もあるのだろうか。応援対象であったはずのそれは、いつからか自分自身と重ね合わせる存在へと変わっていった。それが1つ勝つごとに、タイトルを1つ獲得するごとに、まるで自分のライフステージがあがっていく感覚を覚えた。良い時計を身に付けるが如く、高級車に乗り換えるが如く……“サポーター”という自身を表す代名詞がいつしかアイデンティティを確立する重要な要素の1つになっていた。

敗北のシンクロ

小~中学生の頃はガンバ大阪のサポーターを名乗ることが恥ずかしかった記憶がある。負けて負けて負け続けて。リーグの長から「消えてなくなれ」と言われてしまうクラブを応援しているダサさを認められなかった。ちょっと調子が良くても大一番では必ず負ける勝負弱さに何度絶望したことか。

「なぜ勝てないのか」

当時、それは私自身への問いでもあった。行き場のない苛立ちでもあったし、劣等感でもあった。何度教科書を読んでも理解できない授業、何時間ボールを蹴っても勝てない試合……思春期に何度も痛感した非力さは今でも鮮明に思い出せる。せめて応援するものだけでも……その想いは全く叶わなかった。

ミニマムライフ世代。1980年代に生まれた我々世代はそのような名称で括られているらしい。車も乗らず、お酒も飲まず、挑戦よりもリスクマネジメントを望む世代。多感な時期に「阪神大震災」「オウム真理教」「米国同時多発テロ」など大きな事件を経験したことでリスクを大きく見積もり保守的な思考をする。「草食系男子」なんて言葉が流行したもの私達が社会人になったあとくらいからだと記憶している。傷つきたくない。嫌われたくない。でも誰かに取られたくもない(©西野カナ

悲しいかな「ミニマムライフ世代」のステレオタイプに私は結構当てはまっている。上記のような社会的な出来事に加えて、ガンバ大阪弱小期と私のしょぼい思春期が重なっていたことの影響は大きい。“ハイブリッド”ミニマムライフ世代を自負する私は世代特徴であるリスクマネジメントに加えて破滅思考も持っているからたちが悪い。劣勢になったら心が折れる。挽回をイメージできない。2ちゃんねるに書き込まれる「もうだめぽ」の文字に癒しを求め続けた日々。諦めと共に人生を歩んできた。

クラブ愛は合理性を越えて

少し状況が変わってきたのは大学に入学した2004年頃から。ゼミ、バイト、サークル……同じようなバックボーンを持つ人達で形成されるコミュニティで過ごす時間が長い時期であることも影響しているだろうが、好きなもの(学問、趣味、仲間)に囲まれたことは自己肯定感を回復させた。たとえ井の中の蛙であっても前向きに生きることは私にとって大きな進歩で、将来を意識したボランティア活動や読書など自己投資を始めたのもこの頃からだ。自分の未来を信じ始めることが出来るようになりつつあった。

奇しくも2004年はガンバ大阪が強くなり始めた時期と重なる。2005年のリーグ初制覇から西野監督が退任する2011年までの“黄金時代”は私がホームアウェイ問わず最もスタジアムに通った時期でもある。学校、バイト、就職活動、会社、家庭……あらゆる場所で(明るい話題である)ガンバの話題を振られ、認めることが恥ずかしかったガンバサポーターである自分を積極的に公表するようになっていた。

このシンクロは偶然か、それとも……。

応援していると思っていた対象から実は応援され、勇気づけられていたということ。「サッカークラブは苦痛を売っている」と言う人がいる。負けて深まるクラブ愛。困難に立ち向かう姿があるからこそ応援したくなる。苦難を乗り越えた先の勝利にカタルシスがある。

対戦相手を分析して、自身を磨き続けて、あらゆる理論を突き詰めてもなお負けることもあるサッカー。偶然性の要素も多いこのスポーツの不条理さや、エビデンスだけでは説明できない部分に真理を感じてしまうのは自分の人生と同じだ。

多少改善はされたとはいえ、自分の人生で勝利のカタルシスはまだ味わっていない。現状見えているのは壁ばっかりだ。それでも歩みを続けられるのはサッカーを応援しているからだと思う。負けて負けて負けてバーベキューして負けて……勝つ。これくらいがサッカーも人生もちょうどいい。

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ABOUTこの記事をかいた人

ガンバ大阪サポーターブロガー。東京在住30代男性。10年間の衛星放送会社勤務を経て、サッカーメディア会社へ。筑波大学大学院スポーツ社会学修士。週末ダイエットフットボーラー。趣味は炭水化物抜きダイエット。好きな食べ物はカレーライスとラーメン。