共存する「クソリプ」と「クラウドファンディング」 -コロナ禍のファンエンゲージメント-

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多数の選手・スタッフが新型コロナウイルス感染症の陽性判定を受けたことによる活動休止が続くガンバ大阪。本件に対するサポーターのSNS上の反応は両極端なものだった。

「すでに試合日の交通チケットもホテルも予約しているのにどうしてくれるんじゃ」
「こんな時こそクラブを応援するためにクラウドファンディングを支援するぞ」

逆境で露呈する意識格差。前者のスタンスを取る人を非難するつもりはないし、後者を評価し過ぎるのも息苦しい。こうした事象を見聞きする中で改めて考えるのは「サポーターは消費者か?当事者か?」ということ。言い換えるならば、ガンバ大阪は“彼ら”なのか、それとも“私たち”なのか。

どちらの立場が上という話ではない。ただ「TOGETHER as ONE」という2021年のスローガンをはじめ「クラウドファンディング」「クラブ創立30周年記念マッチ 特別ユニフォーム」など、サポーターとの共創が意識された施策からクラブ側は後者……つまり、当事者としてのサポーターのアクションに期待しているように感じる。

では、どうすれば当事者としてのサポーターを生み出せるのか。“マグカップに5000円を払う関係性”は一朝一夕では築けない。

新興クラブから学ぶアプローチ

多くのJリーグクラブと同様に、ガンバ大阪は月に2~3回開催されるホームスタジアムでの試合をメインの接点に、サポーターのエンゲージメントを高めてきた。しかし、コロナ禍ではそれは叶わない。昨年からスタジアム入場者数の制限が続き、今年に関しては試合を開催することすら許されない状況だ。この環境下でサポーターとの関係を維持、向上させるために必要なことは何か。難しい課題を突き付けられている。

そこで思い出すのは近年存在感を増している「SHIBUYA CITY FC」「クリアソン新宿」「福山シティFC」ら新興サッカークラブの存在である。多少の差異はあれど、彼らの「サッカー(試合)は手段である」というスタンス(活動コンセプト)からはヒントがあるように感じる。求心力を高める要素は結果だけではない。

過去を振り返れば、ガンバとしては災害時にスタジアムのお風呂を地域住民に開放したことや、難病への認知理解向上を目的とした広報活動は社会的にも評価される活動で、今後はクラブが公共性を持った存在として、これまで以上に地域・社会に対して何ができるのかを問われる時代になるだろう。

試合が開催できない時期だからこそ、オフザピッチの活動に注目することには意義がある。2021年は選手ではなくフロントスタッフからヒーローが生まれる。そんなことが起きれば、ガンバ大阪のファンエンゲージメントはコロナ禍でも一歩前に進んでいるはずだ。

コロナ禍のJリーグでも守りたいもの

2020年7月23日

許すということ

最後に少し余談。前述の活動休止に対するSNSのリアクションに感じたのは“意識格差”ともうひとつ……“許しのなさ”である。試合の敗戦時でも同じことを感じるが、叱咤激励や愚痴のレベルを超え、相手に完璧を求めているかのような言及をちらほら見かける。

そもそも「許す」とは何か。大学院時代にお世話になった先生の言葉を引用する。

許すとは相手の行為に対して、自分の中にも同じ行為をする人間性を持っていることを認めること

相手を許すとは自分の許すことと同義ではないのか。許した数だけ相手との一体化が進む。振り返れば重要な試合の敗戦の数だけクラブ愛(エンゲージメント)が深まってきた。きっとこれからもそうだろう。

1失点完封の罠 -なぜガンバはこんなにも自分みたいなのか-

2019年4月16日

前途多難な2021年。「TOGETHER as ONE」の第一歩として何かを許すことから始めてみるのも悪くない。

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1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。2020年に筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。現在はスポーツ系出版社のライター&WEBサイト運営。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆。F1と競馬も好き