ハラミメシが繋ぐ縁 -カシマスタジアムの密輸文化がもたらすもの-

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カシマスタジアムへ向かう高速バスの乗車地・JR東京駅。駅ナカにある「東京ラーメンストリート」の誘惑を振り切り、何も食べずにバスに乗り込んだのには理由がある。スタグルだ。

カシマスタジアムで発売される飲食物は日本一とも言われるほどクオリティが高く、多くのサポーターの胃袋と心を満たしてきた。万全の状態で堪能するために、朝食を抜いた。

数あるスタグルの中でも居酒屋ドリームさんが販売する「ハラミメシ」は最高で、コロナ禍の無観客開催期にはお取り寄せで注文したくらい気に入っている。カシマスタジアムに行く目的の半分は、これを食べるためと言っても過言ではない。

ただ、1つ問題がある。このハラミメシを買えるのはホームクラブ応援エリアの観客……つまり、アントラーズサポーターだけなのだ。鹿島アントラーズのクラブ哲学は「すべては勝利のために」。美味いスタグルをアウェイサポーターに食べさせて、元気いっぱい応援されることは哲学に背くということなのかもしれない。

2019年にメルカリ社が鹿島アントラーズの経営権を獲得した後は「スマートスタジアム化」など、観戦体験の質を高める改革が行われている。数年ぶりのカシマスタジアム訪問を前に「もしかすると……」という淡い期待をしていたがダメだった。アウェイサポーターは2022年春現在においても、ハラミメシを食べることはできない。

こうなると手段は1つ。密輸だ。

ハラミメシを口実にした交流、再会

心優しきアントラーズサポーターが、アウェイサポーターにスタグルをデリバリーする慈善活動……通称「密輸」はカシマスタジアムの文化としてすっかり定着した。2018年に書いたブログ記事「密輸 -カシマスタジアムにて-」は、公開から4年が経過した今も継続的にアクセスがあり、弊ブログ歴代2位のPVを記録。密輸に対する高い関心と潜在的なニーズが窺い知れる。

先日、Jリーグ理事としての活動を終了された佐伯夕利子さんは、退任会見で「(Jリーグのスタジアムは)圧倒的にやさしく安全・安心・平和です。あの空気を絶対に壊してはならない」と語っていたが、密輸はまさにそれを体現する文化だ。

サッカーが持つ競技性から試合中は観客も感情が高ぶるし、相手クラブに敵対心を持つこともある。ガンバとアントラーズ間においては直近に対立を生むような出来事も起きている。だからこそ、ホームとアウェイを隔てる柵を超えて、スタグルを受け取って、ちょっとした雑談を交わす時間は重要だと感じている。

密輸は柵の隙間を利用して行われる

私の場合、密輸協力をしてくれるアントラーズサポーターは数年前に通っていた勉強会の受講仲間で、コロナ禍の影響もあり最近は会っていなかった。だから、密輸を通じて試合前に近況を聞けたのは嬉しかった。引っ越し、結婚、転職、コロナ……様々な理由で疎遠になる仲間はいるが、1つの再会をもたらしてくれたカシマスタジアムの密輸文化に感謝している。

佐伯さんは前述の言葉を発する際に涙したそうだが、背景にはどのような想いがあったのか。SNSを見るとサッカー界における誹謗中傷は年々悪化しており、オフライン(スタジアム)への影響という観点でも大きなリスクを抱えた状態にある。

その発言の先に誰がいるのか。具体的に相手の顔をイメージできれば、発する言葉も変わってくるはず。

「アントラーズをバカにすれば、あの人が傷つくかもしれない」
「ガンバをバカにすれば、あの人が傷つくかもしれない」

密輸のような、両クラブサポーターが直接交流する文化がもっと増えたらいい。大食いの私に気を遣って大盛りにしてくれたハラミメシを食べながら、キックオフを待つコンコースでそんなことを思った。

「東京ラーメンストリート」は試合後に行った

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ABOUTこの記事をかいた人

1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。2020年に筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。現在はスポーツ系出版社のライター&WEBサイト運営。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆。F1と競馬も好き