もう国立競技場に忘れ物はないから -マニアはJリーグを楽しめないのか?-

「マニアがコンテンツを潰す」という格言は、様々な業界で有効であるという話を聞いた。応援歴の長いファン(マニア)がライトファンに排他的な態度を取ったり、コンテンツ側がマニアに配慮をし過ぎ、新規ファン開拓を怠ったりすることで、業界が衰退する問題のことである。

ガンバの躍進に比例する形で、近年は「最近サポーターになりました」という人との出会いが増えた。初体験が連続する日々(サポーターライフ)が刺激的であることは、会話の中でヒシヒシと伝わってくる。「歴史を多くのサポーターと共有することが、コンテンツを魅力的にする」が持論の私はマニア(コアファン)側の人間だ。過去の共有を求める姿勢は、もしかすると排他的に映っているかもしれない。

弱い時代を知らなくても、ガンバが勝てば嬉しい。2002年ワールドカップの“バッドマン”を知らなくても、宮本恒靖氏はガンバのレジェンド。2008年の“暴動”を知らなくても、レッズサポーターはなんかムカつく。それでいいのだ。

自分が老害サポーターになる日 -ガンバ大阪創立30周年によせて-

経験が感動の邪魔をする

Jリーグは継続的に応援する事で、紡がれる歴史を楽しめるコンテンツだと思う。例えば、2005年のナビスコカップ。決勝の舞台“聖地”国立競技場で仙石さん(スタジアムDJ)のスタメン紹介口上を聞いた時、興奮で体が震えたことを今でも鮮明に思い出せる。「遂にガンバもここまで辿り着いた」という感動。そして、その経験(決勝での敗戦)があるからこそ、2年後の同じ舞台で再度行われた仙石さんのスタメン紹介口上、「忘れ物を取りに来た」で多くの人が涙した。

一方で、積み重ねてきたサポーターとしての経験が感度を下げる時があることも事実。もう国立競技場に忘れ物はないのだ。Jリーグも、ルヴァンカップも、天皇杯も、ACLも……私(マニア)には初体験があまり残されていない。経験を重ねることが、コンテンツを楽しむ上でポジティブに働かない側面があることを、少し寂しく思う。

全試合をスタジアムで応援するような、最前線でサポーター活動をしていた人間が、燃え尽きるかのように急にスタジアムから距離を置いた事例を多々知っている。彼らを見ていると、いつか自分もそうなるのではないか、Jリーグに関する関心が薄れてしまうのではないかと、不安になる時がある。長く愛するためには、一定の距離感を保つことも必要なのかもしれない。

サポーターをやめるとき

ただ、そんな時に自分の熱量を回復させてくれる存在がライトファンだ。純粋にJリーグを楽しむ彼らの近くにいると、サポーターライフの新しいサイクル(2周目)を楽しんでいるような感覚になる。マニアという存在は、ライトファンによって生存が担保されているようにも感じている。だからこそ、マニアな自分はライトファンが楽しめる手助けをしたいし、その歴史の積み重ねがコンテンツ(Jリーグ)を発展させるのではないかと考えている。

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駄文系サポーターブログ管理人。“サポーター目線”がコンセプト。Jリーグやガンバ大阪に関する雑記、ラーメンを中心とした全国のグルメ紹介記事などを執筆。10年間の衛星放送会社勤務を経て、サッカーメディア編集者に転身。筑波大学大学院でスポーツ社会学を研究(修士号取得)。趣味は炭水化物抜きダイエット。好きな食べ物はカレーライスとラーメン。ツイッターID:@7additionaltime